来 歴


港にて


海へ向かってなだれている
何千という灯が
上のほうから消えて行くと
ただそれだけの空と水
すっかり身軽になったところから
ほんとうの海がはじまる

下水の流れこんでいたあたりも
何となくなりをひそめた
くさりにしばられたブイが
それでもかすかに身をよじるたびに
清潔な潮のにおいが
ほの白い水の向こうから吹いてくる

さあ 私のやせっぽっちの魂に
大きすぎる帆を巻きつけて
きりきりと巻きつけて船を出そう
不規則なうねりは承知の上
常の思考の裏側にある海へ
ほんとうの魂を連れ出すのだ
そうでなかったら
向こうのみぎわの砂の上を
砂がなくなるところまで走ってみることだ
自分の重さだけの足あとを残して
いつも新しい方角に頭をあげて
はげしくはばたいてみることだ

するどいくちばしは
いたましい声をたてて
深夜の海に笛を鳴らすことがある
そんな一羽の海鳥になって
肉体の奥深くに眠っている
小さな良心をつつき出すことだ

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